サービス工学とは
工学は人に役立つ製品や技術を開発するための学問として発展してきました。一方、工学によって生み出された技術は人の生活を豊かにした一方、地球環境や社会、個としての人のあり方そのものにも影響を及ぼそうとしており、技術のもたらす負の影響に対する懸念が近年ますます高まっています。
サービス工学は、人や組織とその行動、それを支える技術や環境を価値創出の仕組み「サービスシステム」として捉え、その設計・開発・運用の方法やあり方を研究する学問領域です。社会の様々なステークホルダーの持つ多様な価値を考慮し、より持続的で包括的な価値創出の仕組み作りを目指しています。
サービス工学の歴史
日本におけるサービス工学の起源は1990年代に吉川弘之教授が問題提起した「現代の邪悪」に遡ります[1]吉川弘之, 1993, テクノグローブ, 工業調査会。大量生産・大量消費・大量廃棄のもたらした環境問題や貿易問題等、人間の活動が生み出した「現代の邪悪」に対抗する新たなパラダイムとして「ポスト大量生産パラダイム」が提唱され[2]Tomiyama, T., 1997, “A manufacturing paradigm toward the 21st century,” Integrated Computer Aided Engineering, Vol. 4, pp. 159–178.、その中で製品量を抑えつつ、より高付加価値な事業への転換が必要とされました。そのために、製品に加えサービスを工学の設計・開発対象とすべく、サービス工学という新たな研究領域が構想されました[3]Tomiyama, T., 2001, “Service engineering to intensify service contents in product life cycles,” In Proceedings of Second International Symposium on Environmentally Conscious Design and … Continue reading。
その後、設計工学・システム工学を基にサービスを設計対象としてモデル化し、その設計方法を研究するアプローチ(モデル駆動アプローチ)や、情報学・人間工学を基にサービスの運用状態をデータ化し、そのデータを元にサービスの再設計を行うアプローチ(データ駆動アプローチ)が取り入れられ、様々な実証的な研究が行われています[4]Watanabe, K., Mochimaru, M. and Shimomura, Y., 2016, “Service Engineering Research in Japan: Towards a Sustainable Society,” In Jones, A., Ström, P., Hermelin, B., Rusten, G. (eds.) Services and … Continue reading。また、人を含むシステムを設計対象とするサービス工学は、人の価値観や制度・文化のような人文・社会科学の知識にも立脚しており、システム内の顧客やサービス提供者を含む、様々な人たちとの共創を通じて、価値創出の仕組み作りが行われています。
なぜ、今サービス工学か
今日のSDGsに代表されるように、サービス工学が提唱された当時から現在に至るまで、産業化のもたらした、我々の生活や社会の持続性に対する影響の懸念は高まる一方です。さらに、近年の情報技術の飛躍的な進展は、プライバシーや人の意思決定への過度な干渉等、様々な倫理的・社会的問題に対する新たな不安を引き起こしつつあります。
サービス工学により人と技術の関係全体をその設計課題として据えることで、民間・公共問わず、個と社会双方に有益な仕組み作りの具体的な方法を提供し、こうした問題に対応することが期待できます。
References
↑1 | 吉川弘之, 1993, テクノグローブ, 工業調査会 |
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↑2 | Tomiyama, T., 1997, “A manufacturing paradigm toward the 21st century,” Integrated Computer Aided Engineering, Vol. 4, pp. 159–178. |
↑3 | Tomiyama, T., 2001, “Service engineering to intensify service contents in product life cycles,” In Proceedings of Second International Symposium on Environmentally Conscious Design and Inverse Manufacturing, pp. 613–618.; 下村芳樹, 原辰徳, 渡辺健太郎, 坂尾知彦, 新井民夫, 冨山哲男, 2005, サービス工学の提案 – 第1報, サービス工学のためのサービスのモデル化技法-, 日本機械学会論文集C編, Vol. 71, No. 702, pp. 315-322. |
↑4 | Watanabe, K., Mochimaru, M. and Shimomura, Y., 2016, “Service Engineering Research in Japan: Towards a Sustainable Society,” In Jones, A., Ström, P., Hermelin, B., Rusten, G. (eds.) Services and the Green Economy, Chapter 10, pp.221-244. |